風俗で童貞を捨てるのが卒業ではなく中退なら、処女をお金で売って捨てるのはさしずめ喪失ではなく紛失といったところだろうか。
私は処女を金で売った。相手は元定期のパパだ。行為前に札束を受け取ったこと、潔癖気味の元定期が衛生を気にしてビジネスホテルで事に及んだことを除いては、特筆すべきこともない至って普通の初体験だった。
少し話が変わるが、これは処女を売った相手である元定期のパパから聞いた、パパが以前会っていた女の子の話だ。
その子はいわゆるメンヘラだったらしく、パパにぶっちゃけた話を色々としていたらしい。ぶっちゃけた話とは、メンヘラ的な話や性行為の話などだ。
その子は自傷行為として処女を捨てたらしい。
何でも、Tinderで適当に見つけた美容師にあげてしまったとか何とか。一応その子と美容師の人は付き合ったらしいが、1週間やそこらで別れたという。
これについて私と元定期の感想は一致していて、「なんて勿体ないことを!!」というのが私たちの感想だった。どうせ適当な人にあげるならお金で売ればよかったのに。15〜30万円分の損をしているではないか。
まぁ、高値で売ったら自傷にならないのかもしれないが、それにしてもあんまりである。自傷行為の方法なんて他にいくらでもあるのに、わざわざその方法を取らなくても良かったのではないか。
とはいえ気持ちは分からないでもない。こと女性に関しては、自分の身体を安売りする自傷はコスパがいいのだと思う。すぐに相手が見つかるし、自分の内面的な部分を圧倒的に傷つけることができるが、相手には喜んでもらえるので外面的には傷つかず、下手したら癒してもらえる。
さて、話を戻そう。諭吉──もうすぐ栄一になるが、あれは5人くらいまでならテンションが上がるが、25人もまとめて受け取ると「さ、札束……」という気持ちになる。札束を手にした時の感情を知れたのはなかなか良い人生経験だったのではないだろうか。
パパがホテルにチェックインの手続きをし、今まで行った場所やこれから行きたい場所の話なんかをしながら部屋に入った。ホテルに置いてあった水を飲んで「緊張する?」みたいな型通りの雑談をしたあと、「先に渡しておくね、確認のために数えて」とパパに札束をいただいた。確かにそこには25人の諭吉がいた。
服を脱ぎ、シャワーを浴びる。ホテルでシャワーを浴びるとき髪を濡らさない、というのを知ったのは、ほんの少し前のことだ。濡れた髪を乱して行為に及んだら破滅的で良いだろうな、と思っていただけに、少し残念だった。アメニティが充実しているのはビジネスホテルだからなのか、ラブホにもこういうものはあるのか、ラブホに入ったことのない私には分からなかった。備え付けのガウンを着て風呂を出た。
パパがシャワーを浴びるのを待っている間は、軽く化粧を直したり、水を飲んだりしていた。電気や空調を調節しておきましょう、とインターネットに書いてあったが、やり方がよく分からず諦めた。
パパがシャワーから出てきた。同じガウンを着ていた。
「緊張してる?」
「少しだけ……」
そんなやり取りをする。
「座って」
とパパが言い、ガウンを捲った。
「おっぱい大きいね。Eカップくらい?」
「すごい……よく分かりますね。ちょうどEカップです」
「やっぱり。いつからこんなにおっぱい大きいの?」
「中学生くらいから……」
ちゃんとしたAVって見たことがないのだが、AVの導入ってこんなかんじなんじゃないだろうか。もしかしてAVの性知識しかない人類か?と訝しんだが、私のカップ数を当てているあたりそういうわけでもなさそうだ。
「これ持ってきたんだ」
そう言って、パパが鞄から透明なボトルを取り出した。プッシュ式の頭がついている。
「ローション。始めてって言ってたし、あった方が痛くないかなと思って」
「ありがとうございます。……なんか、このご時世だとアルコール消毒液に見えますね」
「確かに……」
色気のないコロナジョークを言う私。妙に納得してボトルを見つめるパパ。……ごめんって。
──と、これ以上仔細に事を記しても官能小説になるだけなので、ここから先のことを書くのはよそう。というか書いているこっちが恥ずかしい。このままセックスの描写に入ると思った? 残念!
一つ言うとすれば、やっぱり本番よりもフェラよりもキスが気持ち悪いな、ということだろうか。ピンサロに体入した時も思ったことだが……。好きな人とでもすれば何か違うものなのだろうか? ただ先に自傷の話を書いたが、相手に腰を打ち付けられるかんじは1人の人間ではなく女性器として、言わば物として扱われている感覚があり、内面自傷大好き人間の私にとっては悪くない感覚だった。
処女を失ったら世界が変わると思っていた。とりわけ私は金で売ったのだから、良くも悪くも大きな変化があるだろうと、今までとは全く違った世界の見え方をするだろうと、そう思っていた。
しかし、事が済んだあとの世界はあまりにも今までと地続きだった。少しくらい後悔とか罪悪感とか、「穢れてしまった」みたいな感覚があるものだと思っていたが、全くと言っていいほど皆無。いつも通り「今日はありがとうございました!」みたいなメッセージを送って、鞄に入った大金の心配をしながら帰路に着くだけ。
「初めてドカタ(パパ活用語でパパとセックスすること)した時は吐いたなぁ、今は全然平気だけど」みたいなツイートをよく見る。吐き気すらしなかった私は、どうしたら良いのだろうか。切迫した事情もないのに性を売って金を稼いだこと、お互い納得した正当な取引だから罪とまでは言わないが、多少の罰があるものだと思っていたのに。──これでは、まるで釣り合いが取れない。
このまま風呂屋に沈んでもいいかもな、などと、そんなことを考える私であった。
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