人間嫌いのパパ活日記①-死にたくないのでパパ活を始めた

人間嫌いのパパ活日記

死にたくないのでパパ活を始めた。

誤解なきように言っておくと、家庭環境が悪くて今日食うにも困ってたとか、なんかそういう切羽詰まった話ではない。ぬくぬく実家暮らしの大学生、しかも実家は太いとまでは言わずとも、奨学金なしで大学に行ける程度には余裕がある。

ではどういうことかというと、将来への備えのためにパパ活を始めたのだ。

私こと昼間の信号機は、社会不適合者だ。

中学校までは成績良好だったのに高校からは学年最下位、卒業はギリギリ、本当は単位を落としていて退学になる予定だったけれど、鬼の量のレポートを書いて何とか勘弁してもらった。親は過干渉。17の時にADHDと診断された。

生きづら人間には親がネグレクトだったタイプと過干渉だったタイプがいると思っており、要するに私は後者だった。

社会不適合エピソードを際限なく挙げることもできるが、私も読者も労力の無駄遣いなのでそんなことは止そう。

ただ一つ、昼間の信号機には週5の昼職なんて続くわけがない、という確信があったことだけ分かっていただければいい。

そんなわけだから貯金が欲しかった。

高校の頃の話をしよう。

高校の頃はあまりのしんどさに学校を無断欠席しまくり、よく駅のトイレの荷物掛けフックに輪っか状に結んだネクタイを掛け、首を吊ろうと試みていた。ありとあらゆるトイレを巡ったが、それに足りる高さのフックには出会ったことがない。当たり前である。

しかしそんな限界生活の最中、緊急事態宣言が出され3か月ほどの休校期間を得た。2か月くらいはほぼ何もできずベッドの上で一生ツイッターをしていたのだが、3か月目に入る頃、私は急に思い出した。

――あれ、人生ってもしかして楽しい?

えぇ!?あんなカスみたいな精神状態からでも入れる保険があるんですか!?

あったのである。丸2か月何もしなかったら戻った。

もちろん完全にとは言わない。一度形を歪にした精神が完全に元に戻ることはない。しかしとりあえず人生が楽しいとは思えるようになった。

ちなみに2か月間は本当に何もしていない。課題は出ていたが全部無視していた。

要は何が言いたいかというと、どんなに精神をやっても何もしないで良い期間を作れたらまた人生が楽しくなる可能性がある、ということである。

お気持ち的な話は面白くもないし割愛するが、高校の頃はマジで限界だった。トイレフックで首吊りの話は半分冗談だが(吊れるわけがないので)、カーテンレールにクレモナロープでガチの首吊りを試みたこともあるし(結び方が間違っていたらしく失敗した)、線路飛び込みを画策したこともある(飛び込む予定だった電車がなぜか来なくてやめた)。とにかく死ぬことしか考えられなかったし、毎晩過呼吸を起こして泣いていたし、リスカとかODとかその辺のことは一通り通ってきた。

しかしその状態から入れる保険があったのである。休暇だ。休暇しか勝たん。コロナ休暇があったから世界はまた色づいた。そして会社勤めをした時、セルフ休暇を作り出す手段は一つしかない。

金。

だから私は金が欲しい。貯金が欲しい。高校の頃、コロナ休暇がなかったら間違いなく死んでいたと思う。休暇で自殺を回避できるし、休暇でもしかしたら会社勤め以外の生活の手立てを見つけられるかもしれない。

何にしても金である。

私は死にたくないのだ。だからズルいと言われようと何と言われようと、最大限金を稼ぐことにした。

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